遍照寺

概要:

藤枝市の葉梨郷は、今川氏が花倉城を建て、駿府に進出するまで本拠地にしていたところで、遍照寺(遍照光寺)の門前から天神前と呼ばれるあたりは、今川氏の居館が築かれていたと推定されている。

ここには丘陵部を切った空掘、竪堀、平場状の遺構なども認められるというが検証できるだけの調査は進んでいない。
その後、今川氏の城下集落は今川氏の駿河遠江支配の拠点のひとつであったが、武田の駿河侵攻によって焼失したと伝えられている。

見所:

遍照寺は以前は遍照光寺と呼ばれ、今川家ニ代範氏が葉梨郷に進出し、花倉城を創築、麓に居館をつくつたころの創建といわれている。
寺伝によれば、ここに範氏とともに今川氏家が葬られているという。

氏家は「今川家略記」に「嫡男氏家、家督す。嗣子なくして又早世」と記されているところから氏家が三代目を継いだと主張する説もあるが静大教授小和田哲男氏は否定的な意見で今後の検討課題としたいとしている。

住所:

藤枝市花倉397-1
電話:054-638-1085

交通:

静鉄バス、葉梨線中田下車、徒歩約1時間
花倉城本丸跡から見る葉梨郷
山が両側から迫り、山の向うは、藤枝の市街地
葉梨郷は、巾着袋状の地形である。
遍照寺前の生垣には、燃えるような真っ赤な
せんだんがあった
今の遍照寺からは昔の遍照光寺の
面影は、たどれない。
並んで建つ氏家と範氏の墓所
遍照寺前の田んぼ
このあたりに、今川氏の居館があったのだろうか。


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