大杉栄の略歴 |
大杉栄(1885−1923) 社会運動家,無政府主義者。愛知県人大杉東の長男。
名古屋幼年学校にはいったが,上官に反抗して放校,外国語学校仏語科に入学した。
在学中幸徳秋水,堺利彦らの平民社に加わり,卒業後,電車賃値上反対運動,筆禍事件,屋上演説事件,赤旗事件など社会運動に奔走して数回入獄した。
1912年(大正1)荒畑寒村とともに<近代思想>,ついで<平民新聞>を発刊し,大逆事件いらい沈滞していた社会主義運動を復活させた。
1914年<労動運動>を発刊,サンディカリズムの立場から経済的直接行動主義を主唱し,また国際無政府主義運動において活躍した。
このころ,労働運動におけるマルキシズムとアナーキズムとの対立が現われてきたが(アナ・ボル論争),彼の活勒によってアナーキズムの影響力はきわめて大きかった。
1923年9月関東大震災の混乱に際して,妻伊藤野枝,および甥(おい)とともに甘粕憲兵大尉に殺害された。
著書,訳書は<正義を求める心><自由の先駆><獄中記><自叙伝>,クロポトキンの<一革命家の思出><相互扶助論>,ダーウィンの<種の起源>などがあり,10巻本の全集や別種の全集が刊行されている。